“Let's Go Surfing”ザ・ドラムス/THE DRUMS (2010) Album“現実”のメタファー「きみは僕の親友、だけど死んでしまった」という衝撃的なフレーズで幕を開けるセルフタイトルのファースト。結成わずか2年ちょいのインディバンドが繰り出した、2010年代の新たなポップスタンダードとなるべき傑作アルバム。昨年夏、かの「Let's Go Surfing」(当初はep「SUMMERTIME!」に収録。今作にも再収録)たった一曲がまたたく間に敏感な音楽ファン注目の的となり、その後メディアが殺到、曲のストックが無い段階でレーベル契約にこぎ着け(!)、アルバム制作のために慌てて曲を作り始めた・・・なんてウワサもまことしやかに囁かれるこのバンド。「現代のシンデレラストーリー」だなんて見出しでブチ上げるメディアもあるが、iTunes・配信全盛のこの時代にはちょっと時代遅れみたいな出現方法も逆に必然に見えてくるくらい、全てが破格・別格の新人バンドだ。性急なビートをひたすら繰り返すリズム隊は、まるで中古屋で5000円くらいで売ってるシーケンサーみたいなスッカスカの音圧。誰にでも弾けそうな単音ピッキングのベースとギター、そこに被さってくるのは幽霊みたいなアナログシンセとVO.ジョナサン・ピアーズの、適当なのかマジなのかわからない素っ頓狂な声。そしてあの動き(+奇妙にロールアップされたジーンズ)!一方で、歌詞はどこまでも深刻(これはひとつのポイントだと思う)。23で親友に先立たれ心にぽっかり穴のあいた男の話、情熱的なあまりあの子に届かない想い、小さなことからズレ始めた恋人との関係ーーー安っぽくてキラキラしたサウンドに乗せて歌われるのは、そんな耐え難い痛みや葛藤のなかで、どうすることもできなかった青春時代のこと。彼らもまた80'sを青春のど真ん中で過ごした世代として、巷の流行にもれず、80'sライクなサウンドはドラムスを語るうえで外すことのできない最大の特徴だ。しかし、彼らがその他のリヴァイヴァル勢と決定的に異なるポイントは、彼らのそのサウンドの“使い方”。あらゆる方法で「だったらよかったのに」「君がいれば最高なのに」とここに無い何かを求める思いが叫ばれ、サウンドを除けば上述のような悲痛なトーンさえ漂うこのアルバムが生み落とされる過程において、彼らは優れた80'sインディポップが持つ「非現実感」を参照した。つまり、ここで歌われているのがジョナサンの実体験なのか、それとも単なる夢想家の戯言なのか、あるいはドラッグが生んだまやかしか・・・それはドラムスを語るうえで問題ではないのだ。これは決して新しい方法論ではないが、特に昨今のポップに明らかに欠けている視点の一つだろうと思う。ファン(楽しみ)は創りだして良いのだということ。それがもし自分の人生に実在しないとしても、限りなく現実に近いかたちで音楽の世界のなかで創造することは、作り手の自由なのだ、と気づくこと。リアリティがひたすらもてはやされる現代ポップミュージックにおいて、この点で彼らは決定的に異質である。ぎりぎりで現実との接点を持ち続けられるポイントはどこなのか、リアリティそのものとの距離感の取り方が絶妙なのだ。だからこそ、彼らのサウンドはあらゆるリアリティに対するメタファーとして機能している。だからこそ、こんなにも軽くてポップなこのサウンドが、ここまで切なく胸を締め付ける。SSRIを投与されたジョイ・ディヴィジョン? はたまたビーチ・ボーイズ・ミーツ・D.A.F.? もし今が90年代初頭だったら、これは大音量のギターサウンドでかき鳴らされていたのかもしれない。2010年夏、インディポップの完璧な理想型がここにある。(2010年6月)