“サイケな恋人” 野口、久津川で爆死 野口、久津川で爆死/モーモールルギャバン
(2009)
Album
Jポップシーンに射出された精液 (今回、モテない男子以外は読む必要ないかもしれません。はは)Jポップに足りないもの、それはエロ。断言していい。みんな真面目なのか恥ずかしがりなのか上品なのか鈍感なのか知らんが、とにかく真っ当なエロさが日本のポップシーンには圧倒的に足りていない。なぜ歌詞のなかの恋人たちは美男美女ばかりなのか?なぜ彼らはセックスについて触れないのか?なぜ恋人達は遠距離恋愛で悲しむのか?実際には、恋人同士はぐちょぐちょなセックスをするし、遠距離恋愛中の男は風俗/女は浮気で性欲を発散する。メインストリームに君臨するような作られたビッチばっかを提示されて、「さぁエロいですよ」なんて言われても性欲が喚起されるわけはないし、それ以前にあればおだてられて木に登ってるだけの低能芸人だろうが。そんならただ立ってるだけの仲里依紗のほうが自我があるぶん100万倍エロいって話で。ここで僕が言っているのはもっと身近で孤独で過剰なエロス、つまり、閉め切った蒸し暑い部屋に一人でなにもやることがない=オナニー といったような、健全な男子の95%以上(俺調べ)が持っているような濃密な変態性のことだ。それが、なぜか日本のメインストリームには残れない。PTAが強いのか?いや、これは検閲の話ではない。もちろん個人的嗜好の偏ったエロ・グロはインディでシコシコやってりゃいいと思うけど、なぜ、真っ当なリアリティを持ったエロささえも、メインストリームにおいては“漂白”されなければならないのか。なぜ「あなたをベッドに押し倒して無理矢理襲いかかるわベイビー」はOKで、「指についたあの匂いをかいでみた」と歌ったらNGなのか(大多数にとってどっちがよりリアルかは明白なのにも関わらず!)。これでは、リスナーが幼稚と言われてもしかたない。はたまた俺がいまメチャクチャなこと言ってるだけなのだろうか?ーー本稿の主役、モーモールルギャバンは、ドラム、ベース、キーボードの男女混合3ピースのファンクポップバンド。インディーズでの1stフルアルバムになるのかな?結論から言えば、これこそ僕が待ち望んでいた、純度100%のエロである。ポップの歴史全てをリセットした、荒々しくてクソみたいにキュートなド変態ポップ。とにかく、ドラム/ボーカルのゲイリー・ビッチェのキャラ立ちが凄まじい。一日中女子のパンツの中身のことばっか考えて常に勃起してそうなルックス(失礼)と、汗とつばを飛び散らしながら絶叫するパフォーマンスがなんともキモくて最高。精液とラブジュースと素っ裸の男子女子が入り乱れた童貞的妄想渦巻くアタマの中から、ドピュっと出ちゃった何かを音源にしたような作品。惜しむらくは、圧倒的なプレイヤビリティのせいか(映像!)音づくりがやや洗練されすぎて、CDではそれが前面に出てきていないこと。変態にむりやり常人の皮を被せようとしてる感じ、これってやっぱ何らかのプレッシャーが働いてるのか?個人的にはときどきスティービー・ワンダーのアルバムに聴こえ(ちゃっ)たりもしたけど、もう少し「生理的に嫌」な感じがあったらさらによかった。もっと自由にやっていいんじゃないか(※2010年6月現在、次作も出ています)。ただ、ライヴ恒例の“パンティ!”のコール&レスポンスはこのアルバムでも聴けます。あそこが最も本質に近いのかも。日本のモテない男子に正しい性教育を!(2010年6月)




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