“トーキョー難民” マールカイキ ◎≠/あるぱちかぶと
(2010)
Album
自分自身のストーリー あるぱちかぶと。この不思議なアーティストネームを前に、すぐにヒップホップを連想できるものは少ないだろう。だが、中学時代にはアメリカ在住の経験も持ち、当時からエミネムやJAY-Zなどのメインストリーム・ヒップホップをラジオで親しんできたという彼は、そもそもそれ以前からラップで表現をすることへ強い憧れを抱いていたという。このアルバムはヒップホップという呼称から連想されるラディカルさや、いわゆるギャングスタスタイルからはほど遠い。むしろ、彼のリリックやフロウからはそういった熱量が徹底して排除され、ポエトリー・リーディングというか、さらにいえば昭和の純文学的とさえいえるような、どこか詩的な冷めた匂いが立ちのぼる。ファズの利いたベースが走り、BPMが上昇しようとも、あくまで全体イメージはクールなまま。しかし、油断していると時折、聴き逃せないフレーズに耳を刺されるーー。これは「ヒップホップ」が、それぞれのアーティストのストーリーやライフスタイルを表現するものであるということを彼がしっかりと理解し、意識的かどうかに関わらず、他に委ねない「自分なりの表現」を選択しているということである。現日本屈指の新世代トラックメーカー、Eccyとの出会いも、彼を語るうえで欠かすことのできない幸福なエピソードであろう。現在は東京在住のあるぱちかぶと、彼自身のバックグラウンドとヒストリーを、他ならぬ彼自身が腹の底で咀嚼して生み出した表現。トラックはしっかりとそれを支える。ロックが孤独から生まれる表現ならば、ヒップホップはコラボレーションが生む、出会いの表現だ。だが、表現のコントロールを失うことなく、しっかりと手綱を握ったまま、オリジナルなアウトプットを生み出すこと。それは、限られた一部の者に与えられた才能に他ならない。本人曰く「ヒップホップを演っているというはっきりしたイメージは持っていない」ということだが、一つのジャンルに依って立つアイデンティティなどいらないということを彼は分かっているに違いない。果たして、この1stアルバムはアバンギャルドな実験音楽に逃げ込むのでもなんでもなく、連綿と続くヒップホップの歴史に新しい1ページを加える権利を十二分に持つ作品に仕上がった。“カバンの中でつぶれた菓子パンのような目つきで 裁判みたく進まない宿題に睨まれる/満点の蝶々結びみたいな希有な存在も 4ケタの暗証番号みたく実は単純”——示唆深い比喩を織り交ぜながら、メランコリックなピアノとともに進むM9「故障かなと思ったら」がいい。日本の文学系ヒップホップ新世代において、間違いなく“あるレベル”を突破した、細身の傑作の誕生である。(2010年5月)




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